造園土木一式 企画・設計・施工・管理

コラム

2011年07月のコラム

 竹田先生のあとにご講和されたのが、高野山真言宗の松永有慶管長でした。竹田先生と同じようにGHQの教育について言及されていました。竹田先生はまだ30代半ばとお見受けしましたが、松永先生は実際にGHQが入ってきたときに旧制中学生だったとおっしゃっていました。大変印象に残ったのが、英語のお話しでした。旧制中学において英語の勉強をしていて、文章で最初の文字は大文字にするというのは納得できたそうですが、1人称単数Iは文中どこでも大文字ということが納得できなかったそうです。しかし進駐軍が入ってきて納得できたそうです。つまり「自分自分」の文化、価値観だったからだそうです。個人を尊重し、「自分」のために生きることが良しとされるがために、「私が」という言葉が文のどこでも大文字というわけです。そして2人称単数のyouと関連して、日本語にはそのIとyouに対する言葉がたくさんある、私、おれ、僕、拙者、あなた、君、てめえ、お前・・・つまり日本は自分と相手の関係性を重んじるとおっしゃっていました。個人ではなくそこに必ず相手がいて、その関係において自分の呼び方も変わるわけです。なるほどと思いました。ヨーロッパやアラブでは男性名詞、女性名詞があったり、牛や羊の雄雌で言葉が違うなど、そういったところにその国の文化や思想、気質が見られるということを聴き、私は大学の第2語学でスペイン語を選択したのですが、こういったことをまず教えてくれればよかったのにと思いました。

 西洋は白黒はっきりの文化、日本のような混沌(カオス)を嫌うため、日本人のように仏壇と神棚が同居して、クリスマスパーティーして初詣に行くような国民を全く理解できないそうです。そして自分の信じている宗教が一番だということで、他の宗教を信じる自分とは違う価値観の人間を、壊滅させようと宗教戦争が繰り返されたのが西洋の歴史です。(日本でも戦争はあったけどもそれは武士だけが戦っていた。一番大きな戦は関ヶ原の戦いだったけど一般市民のいない場所で行われ、一般市民はおにぎり持ってどっちが勝つかと観戦していたというお話しを竹田先生がしていました)

 日本人は何でも取り入れる、許容の広さを持っています。価値観の押しつけをせず、それが宗教戦争を生みださず、それが長年国家を継続させていることにつながっているのです。そういった歴史、文化、気質のところに一時期もてはやされた欧米型経営が定着するわけもなく、日本は経済的に失った10数年を過ごすことになっているのではないでしょうか。社員は駒ではなく家族という日本的経営がまた見直されていいような気がします。

 お二方が同じような日本人観をお持ちであり、それが今世界で必要であるという認識を持っていらっしゃるというところに答えがあるように感じました。
 最初に明治天皇の玄孫(直系の4代後)にあたる武田恒泰先生のお話しを聴講しました。慶応大学の教授をされていて元皇族ということでお堅い方をイメージしていましたが、これがまた大変面白い方でした。約90分の講話でしたがこんなに引き込まれたのは初めてでした。こういう授業であれば私も大学ちゃんと勉強したのに、と思ってしまいました。

 本当に本当に楽しく興味をそそるお話しばかりでしたが、基本的に日本人ってすごくてすばらしい民族なんだよ、ということでした。私は思春期のころ、みなさんもそうだったと思いますが、かなり尖がってひねくれていました。その屈折した心の根底には
、日本人であることの卑屈さでした。世界大戦を始めてしまった国、侵略の国、原爆を落とされ負けた国、お金お金の国、YES−NOをはっきり言えない国、クジラを食べる国、サッカーも強くない国・・・日本人で申し訳ないって思っていました。竹田先生によれば、戦後日本を統括したGHQの教育のせいだと言います。お国のためになど生きなくていい、自分を大切に、自分のために生きればいいんだよという教育です。見事に教育されてしまったのはご理解いただけれると思います。日本人はそうやって精神的に骨抜きにされてしまったのです。

 でも今回の大震災後の被災者のみなさんのふるまいに、まだ日本人の素晴らしい部分が残っていることが分かったというのです。日本人にとって当たり前のことが世界では尊敬に値することなのです。日本人の気質「和」です。竹田先生によればこの震災、この日本人の気質をより多くもった東北に起きたということが深い意味を持つと言います。

 震災数日後、竹田先生のお知り合いが金沢から救援物資を持って行こうと、いろいろ調べて一番困っているところへ行ったそうです。するとそこの代表の方が来て、「うちは足りているから大丈夫だから、この先にもっと困っているところへ持って行ってください。」と言われたそうです。少しでも置いていこうとしても「うちは大丈夫」と、その言われた先の避難所に向かったそうです。するとまたそこでも同じようなやりとりがあったそうです。その先でもその先でも・・・そして12か所目の避難所で「今日物資が来なければ我々は死んでいました。」というほど困っていた避難所に物資を届けられたという話しです。
 
 これにはまだ続きがあります。物資を届けたその方が金沢に戻りテレビを観ると、最初に物資を断った避難所から報道があったそうです。そこでは1人1日おにぎり1個で耐えているという報道でした。救援物資が届けたときに「うちは足りている。」と言ったところです。

 これを聴いたときには鳥肌が立ち、目にじわりと涙がたまりました。自分が当事者であったらこんなふるまいができたとは思えませんが、同じ日本人として誇りを感じることができました。

 この震災によって変なナショナリズムに向かうのは良くないと思います。でも日本人の一人ひとりが日本人であることに誇りを持って、そして日本人気質である「和」を世界に広めていけば、それは世界平和につながる、というのが先生の締めくくりの言葉でした。そしてそうしなければ、この震災で亡くなった方の死の意味がなくなってしまうともおっしゃっていました。

 あらためて被災された多くの方々にご冥福をお祈りし、そして輝きはじめた日本人の心のともしびを世界に発信しなければならないと感じました。

 本当はもっともっと書きたいことが山とあるのですが割愛させていただきます。詳しくは竹田先生の著書「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」を読んでいただければと思います。
2011.7.18
 群馬営業所です。7月1日に夕立があって以来、まともに雨が降っていません。その間気温は30℃以上で、この10日ほどは36℃〜38℃という獄暑(猛暑<酷暑<獄暑という言葉を作ってみました)・・・。江戸時代であればきっと飢饉が起きうる気候状況だと思います。芝生や植木が枯れているのも目にします。

 特に西洋芝は暑さ、乾燥に弱いため潅水作業に追われています。また植えて間もない植栽にも注意を払って潅水作業をしています。

 今朝徹夜での潅水作業の後、少し仮眠をとろうと自宅のデッキに出るとこんなものが↓↓↓

 娘が幼稚園年長組最大のイベントであるお泊り保育で、雨が降ってほしくないために、てるてる坊主を作ってぶら下げていたのです!それにしても、効き目抜群すぎる・・・。電力不足の上に水不足は厳しいです・・・。雨乞いにはてるてる坊主を逆さまにするのを良く見ますが、てるてる坊主を懲らしめて泣かせるというのも手かも。ひと月前に「てるてる坊主」というコラムを掲載しましたが、一か月後には悪者に・・・。でもオープンカー乗る人や遊園地で遊ぶ人には申し訳ないですが、ふるふる坊主作って雨乞いします! 

2011.7.13
 7月に入り電力使用制限令が発動され、各企業さまざまな施策を講じています。そんな中サマータイムを導入した企業も多いようです。ほとんどが1時間時計を進める程度のものです。私個人の意見ですが、1時間だとほとんど変わらないように思います。かなりの早朝から仕事をしたり、造園技能士の練習をした経験から、朝4時、5時くらいであればすでに空は明るくなっていて暑さもまだ感じないため、節電の効果もあるのではないかと感じますが。となると4時間から5時間時計を進めることになりますでしょうか。

 先日熊谷市で39.8度を記録した次の日の朝刊にこんな記事が載っていました。「今までは電力ピークは午後1時から3時だったが、この数日は午後4時から5時がピーク。サマータイムの実施で退社時間が早まり、4時過ぎにオフィスと家庭で同時に冷房需要が出ているためではないか。」という分析でした。これを読んで、なんかズレてるなぁと感じたのは私だけではないと思います。東京でサマータイムを実施しているような企業はおそらく大企業で、そういった企業は通常9時から18時が就業時間で、サマータイムを実施しても8時から17時です。群馬では製造業も多く通常8時から17時くらいになりますが、サマータイムを実施しているところは見かけません。仮にしていたとしても7時〜16時となり、帰宅は17時くらいになるのではないでしょうか。そうなると新聞の分析記事は全く当てはまりません。私の分析は「みんなピークが午後1時から3時ということを知っていて、その時間帯は我慢する。そして午後3時、4時を過ぎて電力ピークも過ぎたことだし、我慢したご褒美に少し冷房つけてもいいかな、強めてもいいかなと思うため電力使用が上がる。」です。みなさんどう思いますか?

 最近Facebookを始めて、そちらでも投稿しましたが、今朝は4時から芝生グラウンドの潅水作業をしてました。夕立が来る来ると毎日予報されるのですが、実際ほとんど降らずそろそろ芝生の乾きも限界に近いため、潅水しました。

 こちらのグラウンドは利用状況がかなり混んでいるため、作業時間を確保するのが難しいのです。そのため利用者が来る前に作業を終わらせるようにスケジュールを組むときが多々あります。

 今日はそういうわけで4時から8時半まで潅水を行いました。3時起きはかなりきついですが、ニュースのほうでとりあげた写真のような朝焼けや雲、今朝は明けの明星も見ることができるなど、いいことも多くあります。

 誰もいない広いグラウンドで散水していると、太陽がご褒美をくれました。その情景を携帯で写真を撮ってFacebookにコメントを付けて投稿したら、なかなかいいコメントだったらしく評判がいいのでこちらにも載せようと思います。

 これを「潅水作業」とか「芝生の水やり」なんて書くと夢もロマンもなにもないですが、今度から「虹を作る仕事」って言うことにしました!
 子供にも「虹を作りに行ってくるよ!」と言って出かけようと思います。

 でも4時じゃ子供は夢のなかですけどね・・・
2011.7.3
 6月も終わり2011年もちょうど半分が終わったと普通考えます。今までそれを深く考えたことはありませんでした。しかし本当は昨日の7月2日が元旦から数えて183日目、ちょうど真ん中の日だったのです。7月2日から182日前が元旦、182日後が大みそかということになります。

 だからどうしたということはないのですが、この2011年という年は日本人の多くの方にとって印象の深い年であることは間違いありません。(被災者の方々にとっては印象深いなんて甘いものではありませんが・・・)その年のちょうどど真ん中の日ということを意識すると、何か気持ちを新たにして、後半の182日で前半を挽回しようという想いが生まれます。

 果たして182日後にはどのように1年を振り返っているのでしょうか・・・。