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コラム

2011年01月のコラム

2011.1.30

 この写真、携帯で撮ったのでイマイチ分かりずらいですが、1月30日朝6時すぎの空、明けの明星と三日月です。
 この日はラグビートップリーグプレーオフファイナルの日でした。朝9時に家族と友人家族で応援のため出発する予定でしたので、その前にジョギングをしようと思い、6時前に家を出ました。風が強く冷たい朝でした。少し東の空が明るくなりつつありましたが、金星と三日月が煌々と輝いていました。
 金星はヴィーナス、女神です。ヴィーナスは愛と美の女神で、勝利の女神はニケなのですが、この際女神は女神、勝利の女神と思いこむことにし、その隣で三日月がまさにほほ笑んでいるように見えました。これを見た瞬間、「おそらくサントリーファンでこの光景を見て、こう思った人間はいないはず。今日の試合はもらったぜ。」と悦に入って女神に勝利を祈りました。
 その甲斐あって、三洋電機ワイルドナイツ、トップリーグ初制覇!おめでとうございます!
 昨日ラグビートップリーグプレーオフセミファイナルが行われ、三洋電機ワイルドナイツがトヨタ自動車ヴェルブリッツを32−10で下し、4年連続ファイナルへ駒を進めました。
 三洋電機ワイルドナイツは今年、「臥薪嘗胆〜時は来た〜」をチームスローガンに掲げています。1年という苦しい鍛練を積み重ね、勝利を積み重ね、まさに「その時」が来ようとしています。「その時」1月30日日曜日、午後2時秩父宮ラグビー場にてキックオフです。最高の舞台で極度の高揚感のもと繰り広げられる試合は、観ているものにも武者震いを与えてくれます。私などは素晴らしいプレーのたびに目頭が熱くなってしまうほどです。思いのほかセミファイナルの観客数は少なく、さみしい限りでした。ラグビー人気が凋落して久しいですが、これほどまで観る者を魅了するスポーツなのに、人気が復活してこないのか、悔しい限りです。セミファイナルの観客の少なさはきっと、次のファイナルへの期待からなのだと思うようにします。次にもっとすごい試合があると分かっているのに、あえて観にいけない、そうファンに思わせてしまっているのだと思います。
 対戦相手のサントリーサンゴリアスは3年前のファイナルで苦汁を飲まされています。リーグ戦でも連勝を止められた相手です。この3年間リーグ戦ではたったの1度の敗戦しかないのに、このトップリーグの覇権を取ることはできませんでした。2週間前に敗れたトヨタ自動車に、「敗戦がパワーを与えてくれる」という想いで雪辱を果たしました。ファイナルのサントリーにもリーグ戦で2点差で敗れています。リーグ戦の雪辱、3年前の雪辱、そして3年間の雪辱を果たして、その「時」を呼び込んでほしいと思います。
 今日はスキー発祥100年の記念日だそうです。生まれて41年スキーを経験しなかった私が、その100周年の年に初体験をしたというのは、全くの偶然ですがちょっとうれしいというか、くすぐったいというか、そんな気分です。
 最近100年という期間がすごく短いという感覚になってきています。小学生のころ、例えばお侍さんがいた江戸時代など恐竜時代と感覚的には変わらないほど「大昔」でひとくくりでした。なぜなのかなと考えてみました。その答えは「青春時代」にありました。
 中学生になったのは30年前、高校時代は25年前、大学時代は20年前・・・自分のなかではついこの間の出来事という感覚です。
 中学生になり思春期を迎え、私は自分が個性的でありたいと思って尖がっていました。変わったことを言ったりしたりすることで他人とは違うんだって思われたかったのです。日本なんか恥ずかしい国で日本人に生まれて嫌だった、などうそぶいてもいました。詩なんかも書いてました。だいぶ前ですが読み返してみましたが、それは恥ずかしい限りです。でもSMAPがまだ小学生のころ、私は詩の中で「青い稲妻」という言葉を使い、なんだかものすごい詩を書いていました。そのころからなんら成長しないまま41になったような気がしています。自分が生きた30年、40年がこんなに短く感じるのですから、100年も似たりです。 その間、悩み苦しみ、喜び笑い、無駄なことをして、遠回りして生きてきましたが、自分が立派ん大人になったとは到底思えません。誰もが自分が小さかったころ接して大人だと感じた人たちと同じ年齢になったとき、そのとき相手に感じたような人間になれていないと思っているはずです。今では自分より若い人たちのほうが自分よりしっかりしているとも思います。
 でも他人と自分を比べても仕方ないのです。自分は自分、他人から見ればその自分とは違う人、十分個性的なのです。そう思えるようになったのはほんとつい数年前です。そのとき少し大人になれたかなと思いましたが、そんなこと41で思っている自体子供っぽいですが・・・
 そんな自分が最近、自分を生きる上で、日本人としてもっと誇りを持って生きていかなければならないと感じています。今日本が経済的にも政治的にも世界から置いていかれそう(これを変換したら「老いてい枯れそう」と出ましたw)になっているのは、こういった気持ちを日本人が持てていないからだと思います。
 かのアインシュタインはこう述べています。「世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か争いが繰り返されて最後の戦いに疲れるときが来る。その時人類は、真の平和を求めて世界的な盟主を
挙げなければならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜き超えた最も古くてまた、尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それは、アジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを・・・。」(アインシュタインが言ったかどうか確証はないらしいですが)
 今私は、新渡戸稲造の「武士道」を読んでいます。失われた20年が30年にならないようにするためには、日本の心を取り戻さなければならないと思っています。そしてその10年などはあっという間にやってきてしまうのです。
 
2011.1.10
 昨日、齢41にして生まれて初めてのスキーをしてきました。私の世代はスキー全盛の時代といっても過言ではないほど、冬といえばスキーでした。ましてや群馬県民ということであれば、スキーをやったことがないなんてことは普通あまりいないのではないでしょうか?
 私、コラムで今まで書いたように野球、サッカー、アメリカンフットボール、ラグビーとプレーしてきました。泥臭いスポーツ以外のスポーツはあまりやったことがありません。
 小学校のときに野球でピッチャーをやっていたのですが、現在と違って身体を冷やしてはいけない、肩を冷やしてはいけないということでプール禁止だったのです。さすがに授業は参加しましたが、夏休みのプールは一切ダメでした。その代わりにピッチャーは下半身強化ということで、校庭10週を毎日走らされていました。また不運なことに中学、高校とプールのない学校に行ってしまったため、水泳が全く苦手のまま育ってしまいました。そしてそのときにやっていたサッカーのおかげで発達した下半身の筋肉が重く、水に浮かばない身体になってしまいました。そんなわけでで25mがやっと・・・。スポーツクラブなどでゆったりのんびり泳いでる方を見るとうらやましい限りです。
 今回初めてやったスキーは、中学2年生の冬休みに友達と行く約束をしていたのですが、なぜかその年に限ってサッカーの冬合宿が実施され行けず、その後も行く機会のないまま生きてきました。たぶん高校生のころだと思いますが、山を切り開いて作るスキー場、ゴルフ場にあまりよくない印象を持つようになり、一生スキーとゴルフはしないと心に誓いました。
 その誓いを昨日破ってしまいました。まだゴルフのほうは誓いを守っていますが、身の回りでゴルフをしないのはかなりの希少人物です。スキーは自分がやりたくて行ったというより、子供に体験させてあげたいという想いからでした。娘にはまだ早いということで、私が息子を面倒を見ることになりました。午前中は息子のみ現地の教室で基本をやってもらいました。私は近くにいてさりげなく話しを聞きながら一人でこっそり練習してました。しかし思わぬ方向に足が開いたり、一度ひっくり返ったらなかなか起き上がれず、大の大人がひとり雪上で苦悶する姿をさらけ出していました。笑ってくれる人もいないというのはつらいものです。教室が終わり昼を食べたあと、その教室のやっていたところで息子と練習をしました。しかし少しの斜面を上がっていくのに一苦労、ひっくり返っては起き上がれず、登っても滑るために方向転換もできず、あらぬ方向に滑り出してしまう始末、なかなか練習になりません。
 そして意を決して息子に「リフトで上がってみようか」というと「うん」という返事。そしてさらに意を決してリフト乗り場へ・・・息子がひっくり返りリフト緊急停止・・・やっと乗って上に着いて降りたとたん二人ひっくり返る。やはりなかなか起き上がれず、もだえ苦しむ二人をしり目にみなさん、すいすい通りすぎて行きます。なんとかコースのスタート地点、意を決すること数度、滑り出すも猛烈なスピードが出てすぐ転倒、息子も転倒、なんでこんなに立ち上がれないのだろうというくらい自分の意思と身体がバラバラ、息子は「もう雪なんてヤダ」と言い出しました。立ち上がり再度滑り出すがまたもや猛スピード、ボーゲンなのに・・・。とりあえず人にぶつかる前にすっころんで止めるしかない。靭帯が切れないことだけを祈りつつひっくり返る。これ、ほんとに初心者コース?もう無理だと思い、スキーを外し歩いて下山を決意・・・すると息子は下のほうで立って「パパ早くおいでよー」と叫んでいる。どうやらスタートからしばらくが少し急斜面なだけで、後半部はまあまあゆるやかでスピードも出ないように滑ることができました。もちろん何度もひっくり返りながらなんとか下山することができました。恐る恐る息子に「もう一回行ってみる?」と聞くと、「うん」とうなずくではないですか・・・
 2度目はリフトを停止させることなく乗り込み上へ・・・リフトを降りて私はまたひっくり返りネットに絡んでもがいているうちに息子は滑り出して行くのが見えました。「おいおい、行くなよー」となんとかスタート地点へ立つと、はるか下で息子が立って待っています。とりあえず追いつこうと滑りだすとやはりすごいスピードが出てしまいます。人にぶつからないよう蛇行しながら(ほとんど直滑降ですが)息子のところまで・・・止まる術はないので、ぶつからないように早目の転倒で息子に突っ込んでいきました。そんな親子が他人だったらさぞかし笑えたことでしょう。しかしその後はコケながらも1度目より余裕を持ちつつ滑ることができました。3度目、息子はなんと一回も倒れることなく下まで滑り切りました。私も転倒1回のみでクリア。少しずつ上達しているのを実感しながら、4度目のチャレンジ。私も前半の急な部分もコケず、しかもかっこいい止まり方(自分でそう思っただけですが)も偶然できてしまい、息子も一度もコケず最後滑り終わったあとかっこよく止まっていました。息子も「やったぜ」という目でこちらを見ます。ふたりサムアップをして、終わりにしました。
 勇気を持ってチャレンジすること、やればできることなど、41歳のオヤジと8歳の息子は、吹雪のスキー場で共感できました。ゴルフはさておき、人生初体験、これからもまだまだ挑戦していきたいものです。